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とりあえず資料を持ち帰って確認する。(所持品の追加)

 遠藤 平吉  野々宮の資料 A
 冬樹 灯子   所持アイテム なし 

 僕は灯子さんの追及を誤魔化して、バイキングの品にしてはあっさりとして口の中で溶ける様な見事なチーズケーキの味を楽しむと早々に店を退出する。
 無論灯子さんを連れて、だ。
 やはり、彼女を一人にするとろくなことにならない。第一、あれだけ毎日口癖のように「あの人にはかかわらないほうがいい」と注意しているというのに、何で野々宮さんの誘いにほいほい出かけていくのだろうか?彼女は一人でも大丈夫だと言い張っているが、やはり管理人さんに頼んで彼に預けておいたほうがいいかもしれない。

 一方、諸悪の根源である野々宮さんはというと、意外なことに甘党だったのか、それとも探偵の仕事やジャーナリストとしての仕事は暇だったのか、もうしばらくしばらく店でケーキを楽しんでいくということだった。てっきり僕をそのまま現場に連れて行くのかと思ったけど……まあ、あまり僕の機嫌を損ねないほうがいいとでも思ったのかもしれないが。

「灯子さん、いつも言ってるけど野々宮さんにはあんまり関わらない方がいい」
「だって、ケーキですよケーキ。前からあそこの店気になってたんですよねぇ」
「あのねぇ」

 時々、僕はこの人が分からない。外見はともかく年齢は明らかに僕より上のはずなのに、こういった発言が絶えないのは演技なのかそれとも何か目的があっての事なのか。
 彼女には色々と感謝している。
 両親を失った今、右も左も分からない僕に代わって彼女が色々な書類の手続きを教えてくれて、そのおかげでこうして何不自由ない暮らしを継続できているのは確かだ。唯一生き残っている肉親、祖父は四年前に姿を消して以来一度も戻ってきていないし、僕自身が教えられていたのは怪盗としての技術だけだ。今いるアパートの管理人さんも祖父の知り合いらしいが、どうにも謎が多くなじめないし、第一彼がその一日のほとんどをすごす喫茶店に行くということは取りも直さず「あの人」にあうことでもある。
 正直それは避けたかった。

「今日は、そんなに暇だったんですか?」
「私は毎日暇ですよ。連絡、来ないですし。」

 彼女としてはそれこそ一日千春の思いで祖父の連絡を待っているのであろう。それを思うと心の中にあった怒りも熱を奪われ、やり場のない気持ちが胸に溢れる。
 結局、彼女にとっては祖父が全てなのだろうか。
 僕は自分の隣を歩く灯子さんに気付かれないように唇を噛んだ。
 彼女が祖父に思いを寄せているのは知っていた。過去に二人に何かあったであろう事も、それがどんな理由かは知らないが彼女に祖父への恋慕の情を喚起させるような事柄であったことも、それとなく両親に聞いて知っていた。
 祖父が姿を消す原因となった事柄を考えると、何で彼女を選ばなかったのだと思う。元がストーブである彼女の間に生まれた子供なら、あるいは記憶を受け継ぐだなんて妙な遺伝はなかったかもしれないのに。


―――――なんて、愚かな。


 僕は自分が彼女に思いを遂げさせたいと思っているのではないことに思い当たって顔を歪めた。
 自分が彼女と離れたくないが故に、自らと祖父を同化させているだけなのだ、結局。

「やっぱり、管理人さんに頼んであそこで働かせてもらったほうがいいんじゃないですか?どうせ暇なんでしょうし、一人であの部屋にいるよりはーー」
「わたし、邪魔ですか?」

 きゅっと、唐突に手を握られて僕は口から心臓が飛び出るかと思うほど動機を激しくした。
 顔を向けると、灯子さんがその人形のように整った顔をうつむかせつつ、不安げに問い掛けている。

「わたし、いつも失敗してばかりですし、最近なんのお役にも立てていないし、やっている事といったらお部屋の掃除とか食事の用意とかくらいですし……」
「いやいやいや、それだけで十分すぎるほどお世話になってますって。ほんとなら僕が自分でやらなきゃいけないのに」

 まずった。そう思ったときにはもう遅く、彼女は自己批判を開始していた。
 彼女はその生い立ちのせいか、過剰に人の役に立ちたがる。家で家政婦のような仕事をしていたのはそのせいらしい。どうやらその頃も家でじっとしている事ができずに色々と祖母を手伝っているうちに家政婦のような立ち振る舞いが身についてしまっていたらしい。
 人に尽くすために生まれてきた、いわば彼女のような「道具」から生まれた妖怪にはよくある強迫観念のようなものだ、と祖父は言っていた。
 小さな頃から色々してもらっていていた為にいわゆる「下働き」さんなのかと思っていた頃とは違い、いわばボランティアのような行為でそういったことをされているというのはどうにも心苦しい。少なくとも給料が払われているというのならば良心の収めようもあるが、そうでなくとも見た目が自分と同じかそれより下の童女なのである。

 ……ん?童女?

 なにかスイッチを押してしまったのか色々と自分の欠点をあげつらいながら「捨てないで」的な事をいいはじめた灯子さんをなだめていた僕は周りを見てざざぁっと顔から血が引いていくような感覚を覚えた。

「見てよあれ、すごくない?」
「ドラマみてぇ」
「おいおい、あの年で同棲はまずいだろ」

 といわんばかりに好奇の視線が自分たち二人に集まっている。まるでギャグ漫画のような展開だ。というか本格的にまずいのは僕も灯子さんも明らかに未成年にしか見えない事となにやら巡回中であったらしい警官が絵に書いたような「近所のおばさん」に呼び止められてあることないこと吹き込まれている様子が見えたことだ。
 もしこんなくだらない事で変な嫌疑をかけられたりしたら、管理人さんに申し訳が立たない。というかあのひとに知られたら僕は切腹物である。

「と、灯子さん。まずいって、おまわりさんきてる!」
「え!?」

 以外にもこの一言で灯子さんは我に返った。よほど後ろめたい人(?)生を送ってきたのだろうか、と考えて自分たちは現在進行形で後ろめたい人生を送っていることを思い出した。
 そもそも僕が持っている野々宮さんから受け取った資料は明らかに警察関係のものだし、灯子さんにいたっては偽造戸籍で生活しているのである。叩かれれば埃まみれなのだ。妖怪が警察にかかわって得する事は一つもない。

「に、にげましょう」
「ええ、そうですね」

 先ほどまで珍妙な光景を繰り広げていたとは思えないすばやさで僕らは脱兎のごとくその場から逃げ出したのであった。
 

NEXT?

 

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