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事は、フリーのジャーナリスト、野々宮(ののみや)さんが僕を下宿の近くのケーキ屋さんに呼び出したことからはじまる。
野々宮さんはある情報誌にコラムを書いているほかに、副業として探偵をしている。もっとも、彼にいわせればコラムのほうが副業で、探偵が自分の本業だと言っているが・・・・・・本業は、もっと別なものだというのは自他ともに認めるところだ。
「遠藤君、また君に手伝ってもらいたい仕事がある。」
その言葉を、すでに灯子さんが奢りだというケーキを食べているところに僕を呼び出してそういうのはとても卑怯だと思う。
というか毎度毎度同じような手で乗せられてしまう灯子さんも灯子さんだ。もう4年の付き合いだけど、事あるごとにこういったささいな罠にはめられているのだから、それに付き合う僕はたまったものじゃない。
大体ストーブなのに甘いものを食べておいしいと感じるのだろうか。
「また、ろくでもない仕事ですか?」
悪戯しているのを見つかった猫のように縮こまっている灯子さんを横目で軽く睨みつつ、野々宮さんの正面、つまるところ灯子さんの横の席につく。正直さっさとケーキの代金を支払ってアパートに帰りたいというのが本音だ。
それでなくともこの店はあまり男性が長居したいような場所ではない。
甘い香りが店の中にやんわりとながれ、自分たちの座る席の他はいかにケーキバイキングで脂肪を増やさずかついろいろな種類のケーキを食べるか、という矛盾した命題に挑む女性客と、それに付き合いできたのか自身も甘党なのか以外と多い男性客で賑わっている。つまりこの街でも結構有名なデートスポットだ。
あからさまに機嫌が悪い僕とその視線を受け止める野々宮さん、そしてうつむいている灯子さんという組み合わせの三人は、どうにもいやな感じの好奇の視線にさらされている。店の端のほうで回りに座っている客が少ないのがせめてもの救いだ。
「大丈夫、昔のように君に犯罪に手を貸せ、という訳ではないよ。無論騙すつもりも無い。」
「前もそういってませんでしたっけ?」
「あれは不可抗力だよ。それにどちらにしろ、表ざたになれば君たちにも不都合のある話ではあっただろう?」
意味がないことを理解しつつも人目を気にして小声になりつつ、どうにか話を切り出させずに帰りたかった。例えそうしたところで、自分が関係なく日常を過ごすことは不可能だと知ってはいるが、もし今の状況を知り合いに見られたらまた数週間は噂の的だ。いらぬ騒ぎで余計に平穏な日常を過ごせなくなるような事態は勘弁してほしい。
「そう斜に構えないでくれ、今回ばかりは私たちも本当に人手が足りなくてやむを得ず君を呼んだんだ。」
わざとらしくため息を吐く野々宮さんから、これを見てほしい、と渡されたのはどこにでも売られているようなルーズリーフを束ねたファイルだった。
もはや断ることはできないことを理解し、ため息を吐いて灯子さんに「せっかくだから僕にも何か取ってきて頂戴」といって軽く肩を叩く。謝ろうとする彼女にもう気にしていないからと言いつつ、いまの席から一番遠い位置にあったであろうチーズケーキを持ってくるよう頼む。
このファイルの中身は恐らく彼女には見せられない代物だから。
「普通使用人が主人に気を使うものではないのかね?」
「下宿住まいに使用人がいること事態がおかしいんですよ。」
なにやら皮肉気ににやりと笑う野々宮さんへ苦々しい視線をちらりと向け、ぱらぱらと中身を確認する。開く前からわかっていたが、やはり中身はこの場にそぐわないもの――つい先日この街で起こった猟奇殺人事件についての今わかる限りの情報であった。
「警察の方に圧力をかけて公開されていないが、事はわが社からの帰社途中に行われたというのがわれわれの見解だ。」
「犯人を捕まえろと?」
「うむ、可能ならそうして欲しい。」
その言葉に僕は・・・・・・
→とりあえず資料を持ち帰って確認する。
→まずは現場を確認しに行く。
→めんどくさいなぁ、といいつつまずケーキを楽しむことにする。
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