⇒1 時に、199X年

 それは一つの結末。

 ある街に、一人の男がいた。
 年は20かそこらで、なんとなく入った大学は目的の無いまま過ごすうちに退学。手に職をつけようと思っても職人への道を志すには根性が足りず、
派遣社員という名の流れ者に身を窶した、そんな男だ。
 彼は、無気力な人間だった。大学にいったのもただ親のすねを齧ってだらだらしていたかっただけだし、
今の仕事にしたところで無職のままでいると色々周りが五月蝿いから、というだけに過ぎない。

 そんな彼には、大して技術の要求されないライン作業はうってつけであった。ただ黙々と同じ事をしていればいい仕事は彼の人生に妥協と安定をもたらす。
 比較的高い賃金や、一人で住むにはそこそこのスペースのあるアパート、その他色々な、「自己責任」の伴う自由。

 少し歩けばコンビにもあるし、今の時代いろいろなものが通販で手に入る。彼はむしろ誰にも生活を乱されないことから実家にいたときよりも満たされていた。

 ここまでは、まあどこにでもあるような話だ。
 雑多な街の中で生きる社会に貢献する労働力のひとつに、そうたいした重要度は無く、彼自身それを理解していた。
 だからといって、彼の人生の結末は彼自身にとって到底受け入れられるようなものではなかった。

「とまあ、こんな感じに勝手にモノローグ付けてみたわけだがどう?
「真面目にやれ。」

 と、相棒はそっけない。まったく、少しは相手してくれてもいいのに。
 大体小さなアパートの個室、それも『掃除』という概念がどこか抜け落ちているとしか思えない散らかった男所帯なんてお世辞にも快適とはいいがたい。
 しかも、この部屋の主人はよほど親のしつけがわるかったのか、自分まで湿った布団の上にちらかしてしまっている。

「真面目にっていってもねぇ」

 死因は、胴体を人外の力で締め付けられたことによる骨折と内臓破裂。(正確には腹腔内出血というのかもしれないが)なにより、上半身と下半身が半ば泣き別れしていることであろう。それ以前になんらなの形で窒息死していた可能性も否定できない。
 既に浅黒く変色し始めている顔の両目は大きく見開かれていて、また、口から舌を出している様相は明らかに絞殺死体のよく見られるものだ。
 着衣そのものが無いことや、現場に残された明らかに青年のものとは思えない長い毛髪、仰向けではなくうつ伏せのかたちで残っている下半身の間抜けな姿から犯人との性交渉の途中であったことは大体予想がつく。

「ナニに夢中になりすぎて絞め殺してしまいました、とかね。締りがよすぎる女も考えもんだな」
「妙な話だな、その程度の自制ができないようなやつならそうなる前に何かやっているはずだ。かといって先祖がえりならここまで見事に痕跡を消してしまうことはあるまい。」

 まったくもってつまらない。昔はこんな軽口一つ言っただけで不謹慎だと青筋立てて怒っていたものだが。
 安っぽいジーンズにチェック柄のワイシャツという彼なりに若作りをしたつもりらしい相棒は、布団に当てていた手を見て顔をしかめる。
 その手は、この部屋の元主人の血や体液ではない他の何か(恐らくは犯人の残したもの)でうっすらと湿っていた。

「見えなかった、のか?」

 無言で頷く相棒に、ハンカチも持っていないだろうと部屋の中にかけてあった洗濯物を手渡す。無論その得体の知れない液体が自分の手につかないように、だ。

「これで3件目、彼の仕事を考えると狙いが見えてきたね」

 僕の言葉にうなずいて、相棒は苦々しげに死体を見る。
 さっき僕の語った物語は全て虚構。ここで死んでいるのは言ったとおりの使い捨ての効く労働力ではあろうが、担当していた仕事はそれなりに意義のあるものであったはずである。

シャイアーテックスジャパン、A県支社警備員 金倉 正義(かねくら まさよし)

 それがこの男のポストであった。

「暑さでおかしくなる奴がいる、という与太話はよく聞くけどね。最近は暑いと妖怪も悪事を働きたくなるのかな。」

 そう、今月にはいってからもう、これで3人目の死体だ。
 一人目はクリーニングサービスの店員、宍戸 篤(ししど あつし)。
 仕事先から戻ったあと車から店の中に入ってこないのを不信に思った同僚が運転席を見ると、そこには首を文字通りねじ切られた犠牲者の姿があった。
 二人目は給食配達センターの配給員、梶取 みゆき(かんどり みゆき)。
 彼女は一人暮らしをしていたアパートで首吊り自殺をしていたのを無断欠勤続ける彼女を不審に思い訪ねてきた上司が発見、警察が現在身辺調査中とのこと。

「警察の方でももう処理しきれまい。あまりに異常すぎる。」
「マスコミが喜ぶだろうね、正直、正気を疑うよ。」

 このままでは、僕らの存在が明るみに出てしまうことになる。だから、やはりこれからすることは決まったも同然なのだ。

「せめて、きちんと荼毘に伏してやりたいのだがな。」
「そりゃあ、むりっしょ。」

 こういった事態の為に、と教えられていた番号へ電話しながら僕は相棒に諭す。

「妖怪の存在を、人に知られるわけにはいかないんだから」

NEXT

 

バックナンバー(妖魔夜行シリーズへもどる)
周波数を変える(雑記丁へもどる)
ラジオの電源を落とす(トップページへ)


画面領域1024×768ピクセル推奨 フォントMSPゴシック使用