第三新東京市立総合病院
神経病棟ICU前
「一体どういうことですか、なんでリツコ達だけが。」
ミサトは病院のなかで警備担当をしていた人間に食って掛かっていた。さすがに場所が場所だけに声は抑えていたが、
「身元の怪しい人間を近づけるわけには行かない」
という彼らの弁に少々いきり立っていた。もう少し違う言い方をすればおとなしく引き下がったというのに・・・・・・。
いつもならそのミサトの蛮行を止めるシンジも、押し問答をしている彼らの横でじっとICUの方を見て口をつぐんでいる。襲撃者によって襲われた研究員のほとんどは命を失うほどの怪我をしたものが少ない中、偶然か必然か赤木親子だけが重大なダメージを受け、集中治療室に運び込まれてしまっているらしいのだ。
シンジにしてみれば、親に捨てられて施設で育った自分をまるで我が子のように可愛がってくれた赤木ナオコ博士と、その娘で姉代わりの存在であるリツコ博士は
ミサトと並ぶ、彼にとっての数少ない身内である。むしろミサトが騒いでいなければ彼のほうが暴れていたかもしれない。
「きみ、ここは病院だぞ。少々落ち着きたまえ。」
と、その様子を見た病院の関係者が彼らのもとにやってきたらしい。よく通る、それでいて落ち着きのある声で、妙に貫禄があった。
その声に天の助けとばかりに振り向いたミサトの前に、白髪の医師が立っている。その姿を見て、「げげっ!」という表情でミサトは固まった。
「君という子は、どうしてそう落ち着きがないのかね。まあ、心情は察するが」
はぁ〜と、ため息を吐いてその医師は首を横に振った。何やら話そうと言う様子だったが、近くにいたナースが指示を仰ぐのでそれに応えながらすぐに歩きだす。
「落ち着いたら私が説明しよう。この棟の休憩所で待っていたまえ。」
医師の名は、冬月コウゾウ。世界を代表する脳外科医の一人にして特務機関NERVの重鎮のうちの一人―――そして15年前に父親を失ったミサトの保護者となった人物その人であった。
「どうやら、彼女達がNERVでも重要な計画のために開発していたモノを狙っての犯行らしい。ということは私も聞いた。」
まだかまだかと病院というあまりリラックスできない場所で結局日没まで待たされることになった二人は、職員用の食堂にてコウゾウの話を聞いていた。
「おじさまも詳しいことは聞けなかったんですか?」
意外そうにミサトはカレーをつつくスプーンを止める。苦手意識はあるらしいが、身内ゆえの気安さというものだろうか、よくよく考えると自立してからはこうして二人で食卓を囲むことなどなかったから、少し昔を思い出し、しんみりとした気持ちになって言葉がだいぶ穏やかになっている。
「設立当初は脳研究の分野でNERVチームと協力して色々論文を発表していたが、私は研究よりも現場が性にあっているからね。いまは名誉職を与えられているだけに過ぎないよ。」
今日はよほどのオーバーワークだったのか、コウゾウの食は細い。
シンジは事件よりも二人の容態のほうが気になるようだが、自分が聞くよりミサトが聞くほうが早いためおとなしくラーメンを啜っている。
「二人の容態は、どうなんです?」
「・・・・・・正直、ナオコ君はかなり危ないな。リツコ君の場合は傷が動脈を軽く傷つけていたために危険な状態が続いていたようだが、手術事態は簡単なもので心配はいらないが。」
コウゾウの話によると、ナオコの場合頭蓋骨骨折の際に脳内に破片が入ってしまったらしく、それを取り除く手術などと外科的な手術による腹部の治療も必要とし、昼頃までその治療におおわらわだったらしい。執刀は最近注目されている天馬という男性が行ったらしいが、回復するかどうかは本人の回復力しだいらしい事も教えられた。
「回復力って、だってナオコおばさんは!」
「分かっている。しかし、現代医学でも気力や体力を回復させる方法は確立されていないのだ。LCL治療の検討もしてはいるが、なにぶんあれも未完成な技術だからな。」
「LCL・・・そうか、ナオコさんはNERVの役員ですからね」
LCL、と聞いてミサトが少し眉をゆがめた。おばさん、といった時に感じた寒気のせいか、それとも嫌なものを思い出したせいか。
LCLというのは、今は亡きミサトの父親が所属していたゲヒルンの開発していた「原始の海」を模した生体活性剤というよくわからない液体のことである。
葛城博士が主軸となって開発していたこの液体は人間の体液の代用品のような役割をこなし、肺に取り込めば直接酸素を取り込めたり、傷ついた細胞に栄養を補給、活動を活性化させる等の医療に置いて様々な活躍の場を持つであろう品なのだが、それを精製する装置や技術は一切が秘匿され、ゲヒルンの後を継ぎ今や世界規模で活動をしているNERVへとそれが受け継がれた今も、その詳細はわかっていない。
LCLの満たされたカプセルに患者を安置し、新鮮なLCLを循環させることで回復力を高めるというのが大まかなLCL治療の概要であるが(無論それだけではなく、投薬、手術の面でもまったく違った技術が必要とされる)高純度のLCLの精製は難しいらしく、まだ一般には普及していないのだが。ナオコのようにNERVでも機密にかかわっている人間となると使用許可が比較的降りやすいものなのかも知れない。社会とはそんなものだ。
「彼女達についてだが、それで終わりではないのだよ。」
すこし、困ったような顔でコウゾウはいった。話すべきか話すまいか迷っているようにも見える。
「術後の経過がわるいんですか?」
もしや、と不安にかられて今まで黙って話を聞いていたシンジが口をはさむと、コウゾウはそれはまだなんともいえないがね、と苦笑しながら応えた。
「実はね、リツコ君が妙なことを口走っているらしいんだよ」
「うなされてるんでしょう?ひどい目にあったんですもの」
「いや、それがね――――」
ころしてください。
と、空ろな目で訴えている。そうコウゾウは言うのだった。
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