その日、天に住まう神にこれから起こる惨劇を隠すかのような吹雪が研究所を覆っていた。

「ここだな。」
「・・・!!!」

 時刻は深夜0時を少し回った頃。人口爆発による環境の悪化が深刻な国際問題となっている現代において、人間という種を劣悪な環境下でも生存可能な存在へと導くために日夜研究が行われている人口進化研究所、ゲヒルン。
 それを囲むように、異形の集団が凍れる大地に立っている。もしその姿を見るものがいたら、彼らは人類にとって忌むべき存在であり、そして地上に存在する他の何よりも邪悪であると直感できたであろう。
 その中心に一人まともな人型をとっている男の呟きに、横に控えた怪物が地獄のそこから響いてくるかのような唸りで応える。
 ゲヒルンはかつてない危機に晒されていた。

『非常事態発生!非常事態発生!現在当研究所は正体不明の武装グループに襲撃されています!職員は直ちに規定のシェルターに避難してください!繰り返します・・・・・・・』

「葛城博士。」
「うむ、間違いない・・・・・・。」

 突如鳴り響くサイレン、所内に流れる緊急放送。
 研究所所長の葛城博士と、副所長にしてこの研究所のメインプロジェクト「E計画」の開発主任碇ユイは、ついに来るべき時が来てしまった事を確信し、頷きあう。
 二人は襲撃者たちの目的が自分達と「E計画」の産物である事を知っているのだ。

「やつらに、あれを渡すわけにはいかない。ゆくぞ!」
「はい!」

 おそらく、シェルターに避難する職員達は一人とて助かりはしまい。彼らの目的はあれの独占であるのだから。

「私達はきっと、地獄に堕ちるでしょうね」

 ユイはいずれ一人残さず虐殺されるであろう事を知っていながら、何の罪もない職員達を利用し続けていた自分を顧みて、なんという偽善者かと皮肉な笑みを浮かべた。
 自分もここを襲撃している者達とそう変わらない人種であろう。いや、それよりもずっとずっとたちが悪いかもしれない。

「どうせ地獄へ逝くのならば、本懐を果たさなければならん。後悔など何の役にも立たんのだからな。」

 冷え切った退避用の通路を走りながら、葛城はそんなユイの後ろ向きな態度を諌める。

「はい。」

 最後の時まで、なぜこの人はこんなに強くあれるのか。ユイはそんな彼の態度に心を打たれる。この人を選んだのは間違いではなかった。

 二人は研究所の中心部。最もセキュリティの高い区画で最後の抵抗を試みるべく対侵入者用の隔壁を作動させた。
 室内の中心にはまるで祭壇の様な装置が存在し、その中心を丁度人一人が納まるような円柱型の培養層があわせて15柱並んでいる。中心にそれらより一回り大きい培養層があり、それらの装置の中は濃い琥珀色の液体で満たされ、何やら人影のようなものが納められている。
 葛城が中心の円柱に隣接したパネルを操作すると、円柱の中から音を立てて液体が抜けていき、なかには白く大きな人型の何かが直立していた。

「碇君、急げ。隔壁なぞ物の役には立つまい。」

 ユイはその言葉に頷くと、おもむろに衣服を脱ぎ始める。健康的な傷一つない肌、無機質な白い光に晒される裸体はしかし、これよりもはやもとには戻らぬ変化を起こすのだ。葛城博士はそれを紛らわすかのようにさらにパネルを操作し始めた。

「シンクロを開始する。着装だ!」
「ええ!」

 もはや愛する夫に自分の生まれたままの姿を晒すこともないのだと思うと、気恥ずかしさよりも残念な気持ちの方が大きかった。もうすこし、二人で甘い時を過ごしておけば良かったとも思える。
 しかし、それを感じさせない決意の表情で、ユイは白い巨人の前に立つ。

 チュィィィィィィィィィィィィ・・・・・・ガ、ゴン!!

 二人が最後の作業を終えると同時に、隔壁が熱線で焼ききられ、襲撃者達がなだれ込んできた。

「随分とお粗末な警備システムだったぞ、葛城博士。我々があの程度で止められると思ったのか?」

 およそ南極にふさわしくないファッションの人物が、異形の集団の中から前に進み出て、装置の中で作業をしていた二人に対しあざけるような言葉を吐く。

 男は、まるで寒さなど気にしていないような真っ白なスーツに、趣味の悪い紫のシャツとワインレッドのネクタイをしていた。

 絵に描いたような三流のチンピラといったいでたちにもかかわらず、銀色の髪と雪のような肌、真紅の瞳を持つ彼の肉体はまるで現代に蘇ったナルキッソスのように美しく、目にすることが躊躇われるほどに華麗である。さらにいうなら場所が場所であったなら同性でさえ心をとろけさせていたことであろう甘さを感じさせる蜜のようなその声・・・・・・。
 しかし、そんな彼に従う者達は、中世ヨーロッパで描かれた半魚人に両生類の粘着質な肌と甲殻類の脚を足したような醜怪さで、人と同じように二本足で直立していることが余計に嫌悪を催す、そんな存在であった。
 皮肉なことに、彼の人外の美しさはむしろコントラストとならず彼を怪物の中に一枚の絵の様に同化させている。
 その光景を見たならば、誰しもこう言わずにはおれないであろう。すなわち――――

「この、悪魔め!」

 と。
 葛城博士が思わずつぶやいた罵倒に、彼は朝日を浴びて蕾が咲くような笑みを浮かべた。無論、毒草の華であろうが。

「いまさら何を言う、かつての同胞よ。」

 くすくすと笑いながら、男は前にゆっくりと進み出る。

「お二人が開発しているものを見せてもらおうと訪ねてみたが、少し勇み足だったかな?」

 祭壇のような装置に後数歩で踏み入る、というところで男は足を止めた。

「ほほう、ATフィールドか。」

 男はおもむろに懐から一枚の銀貨を取り出すと眼前に放った。
 銀貨は放物線を描き装置の内部に入るかと思われたが、装置の内部に侵入する寸前硬質的な音をたて弾かれる。一瞬半円形に装置を取り巻く赤い膜が見え、男の背後に控えた怪物達が、驚嘆とも感嘆ともとれる唸り声をあげる。

「まったく、惜しいことだ。貴方ほどの実力がありながら、なぜ現状の人類に加担する?」
「人に生まれたこの身なれば、人としてその生涯を終えんとするのが道理であろう!」

 葛城博士の答えに、一瞬虚を突かれた顔をした後、男は理解できないという様子で首を振る。そして、一度は止めた足を再び前に進め始める。

「貴方はやはり、重要な勘違いをされているようだ。まあ、私は一向に構わないが」
「一体どういうこ・・・・・・な、なに!?」

 男は銀貨が弾かれた赤い膜を、まるで薄い紙を破くかのように易々と踏破し、ゆっくりと葛城博士に歩み寄る。

「馬鹿な、ATフィールドがこうも簡単に!」
「もともとこれは我らが生み出した技術。破ることなど造作も
――――」

 ゴ ガ ッ !!

 男が葛城博士に向けて腕を持ち上げんとしたその時、その背後から白い閃光が走り、男を怪物達の只中へと吹き飛ばす!
 その一撃は怪物を巻き込み、頑強な研究所が地震に見舞われたかのような揺れを起こすほど強烈なものだった。

『そうでしょうね、だからこそ私達はこれを開発していたのですから』

―――――――――それは、一見針金のような華奢な人形を思わせる姿をしていた。

 極限までスリムアップしたモデルのような体型

 体の線を失わないように緩やかな曲線を描くキチン質の装甲

 大きなモノアイとライダーのヘルメットのような形状の頭部

 両腕に輝く、「EVA-TYPE0」の表記

 それは、その華奢な外見に似合わず、何故か見る者に襲いくる圧倒的な力強さと存在感!

「やはり、完成していたのか。汎用人型決戦兵器――――――――人造偽神エヴァンゲリオン!

 瓦礫の中から聞こえるその叫びと共に、男はその姿を先ほどの美しさとは対極のものへと変化させていた。

首は消滅し、胸に見るものに滑稽さを感じさせる真っ白な仮面

雪のような肌は消え去り、ぬめりを帯びたゴムのような緑色の肌

理想的だった両足の太ももは丸太のようにふくれあがり、鮫のようなおおきな鰓がスカートのように発生し、

腕はプロレスラーのように太くなり、その先は槍のように長く細く、先端が三本の鋭利な爪へと変貌していく。

最後に、文字通り肋骨の浮き出た腹部に、血溜りのような色の不気味な紅球が生み出されるとそれはどこからともなく以前と同じ声を出す。

「まったく、我々の姿と比べて、なんと美しい造詣か。碇ユイ、貴女のいう神とはよほど偏りが好きなようだ。」

 その言葉は、皮肉というよりは怒りを感じさせた。
 彼を取り巻く怪物達も、視線だけで彼女を殺せるならば今すぐにでも虐殺せんと身の毛の弥立つ眼光を放っている。

「ど、どういうことだ碇君!一体彼は何の話をしているのだ!!」

 一方、先ほどから予想外の話をされたせいか葛城博士はこの場で全ての決着をつけようと進めていた自爆指令の入力を止め、何か恐ろしいものを見るような目で白い巨人、碇ユイを見ていた。

「貴方は何も知らないで、彼女に協力していたというわけですか。なんと、愚かな・・・・・・」

 男だったものは、異形となったその身を器用に動かし、肩をすくめるような動作をした。

『彼を侮辱することは私が許しません。』

 ユイが、男の言葉をさえぎるように足を踏み出す。

「ふっ、まあいい。どちらにせよ、
ここでお前らは死ぬのだからな!

 その叫びと共に、決戦が始まった。

 戦闘内容の詳細は不明。この日人口進化研究所ゲヒルンは南極大陸より消滅した事を明記する。


そして、その15年後。

第三新東京市の再開発地区にある一角、葛城探偵事務所

ここから、全ての物語は始まる。

It will continue next time.

 

 


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