冬樹灯子(ふゆき とうこ)

物語の核となる存在、中心となる者。
彼女こそ遠藤平吉を捕らえ続けるものにして、事件の首謀者。

そもそも、連続する事件はいったい何なのか、犯人というならば彼女はなぜ、どうやって犯行に及んだのか?
この疑問は過程からして間違っている。不可能なものは不可能、できないものはできない。
連続殺人と呼ばれている一連の事件の被害者は、そもそも最初から本当の意味での生者ではないだ。
死者から過去を読み取る以津真天の力も、壊れただけの人形からは何も読み取れない。

「夕焼けを呼ぶストーブ」というのが彼女の妖怪としての姿。もともとは条件を満たして彼女を使うことによって死者との邂逅を果たすことのできるという噂から発生した妖怪で、
幸せな日々の幻影を追い求める心から彼女は生まれた。
かつて、怪人20面相と以津真天は彼女に惹かれ、過去の幻影に囚われてしまった人々を解放するためにあえて彼女の世界、「隠れ里・在りし日々」に進入するも、
彼らもまた過去に引かれ彼女の世界に囚われてしまう。作中で背景を黒くした部分こそ怪人20面相と怪盗20面相の意識の交差している部分である。

彼女は最初、自身の存在意義を否定し、隠れ里の人々を強制的に脱出させた、幸せな世界から辛い現実の世界へ連れ戻した怪人20面相と以津真天を憎んだ。
しかし、彼らは彼女を破壊することもなく、彼女に世界を知らしめた。
死者を求め、過去にすがって生きることが、本当に残されたものの為になるのか?彼らには本当に過去にしか生きられないのか?
自らの力で誘い込まれた人々を心から心配する人々がいることを、彼らの存在に支えられている人々もいることを、彼女は知った。
怪人はいう。

「辛い過去すら己の一部とし、前へ進もうとする彼らの姿こそ美しいとは思わないかね?」

世界で最も美しき夢を守る為に戦うかつての大泥棒。
その瞬間、彼女は己が過ちを知った。

以来、彼女は二人とともに明日を夢見る人々を守るために戦い続けた。幸せな日々はしかし、怪人が人の妻を娶ったことで苦悩に変わった。
すでに彼女は自身が怪人を愛していることを自覚していた。
しかし同時に自分が、彼に「己の子供のような存在である」という認識をもたれているということも知っていた。苦悩をひたかくし、彼女は以津真天と共に彼らを祝福する。

しかし、幸福は続かず、しばらくして怪人の妻は子を産むのと引き換えにその命を失う。
彼はしかし、悲しみながらも消して挫けなかった。彼女の残した赤子につけた名は「未来」。彼は自身が冬樹灯子に言った言葉を忘れてはいなかった。
灯子は未来を己が娘のように溺愛し、甲斐甲斐しく怪人の世話を焼いた。
自らのうちに沸く暗い愉悦を誤魔化すかのように、口癖のように未来に怪人と彼女の母がいかにすばらしい夫婦であったかを語り聞かせた。
以津真天は、そんな彼女を痛ましいと思いながらも、いつか彼女の思いが怪人に届けばいいという願いと共に彼女を見守った。

やがて未来も大人となり、夫を迎えた。
未来は己が家族が妖怪であることを語ることができないでいた。故に彼女の家庭は危ういバランスの上に成り立っていたともいえる。

そして悲劇は訪れる。

天から舞い降りる神の使い。全てのものに等しく振り下ろされる偽りの神の審判の刃。
未来は、己が夫によって殺された。偽りの神託を真に受けた純真無垢な夫の身勝手な火は、自身と共に怪人と灯子の希望を焼き尽くした。
怪人は復讐の鬼と化し、戦場へ赴いたままその姿を消した。
聞けば、彼は煉獄に落とされた大天使を救うため、決戦の場に赴いたという。
彼は最後まで彼のままであったのだと以津真天は言う。
復讐の炎に身を焦がしながらも、彼は破壊ではなく救済によって怨敵の野望を阻まんとしたのだと。
だが、灯子は自らが怪人のように強くあることができないことを確信していた。

「わたしにとっては彼こそが全てだったのです。」

その言葉を残し、彼女は以津真天の前から姿を消した。彼女は再び己が隠れ里に舞い戻り、そして今度は自身の為に在りし日々の幻影をつむぎ続けた。

それが、数年前の話。
以津真天は、いつか怪人と彼女が戻ってきたときのため、三人の居場所を守り続けていた。
そんな彼に届く不吉な一報。

「再び在りし日々に人々が囚われ始めている。調査に協力して欲しい」

彼女の世界にふりそそぐ冷たい光に、以津真天は再び偽りの神の悪夢が彼女を襲っていることを確信し、
宿るはずのない未来の子供、その子供が怪人によって「平吉」と名づけられた時、灯子は己が夢がいびつな形で実現されることを確信する。
そして願う。例え自身が植え付けた偽りの記憶であったとしても、今度こそ彼が自身を愛するように、と。

これが、事件の顛末。己が願いの為に歪めた世界は、主の思惑を越えて訪れた人々に悪夢を再現する地獄と化す。
現出した彼女の願い、遠藤平吉は、この事件にどのような決着をつけるのであろうか。

 

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